〔所得税コラム〕垂直的公平と水平的公平

「たくさん稼いだ人が、たくさん税金を払う」それって、本当に公平でしょうか

宮本晃嗣税理士事務所(宮本サポート会計)|税務コラム

はじめに

2026年の春闘では、連合の最終集計で賃上げ率5.01%と、3年連続で5%を超える高水準となりました。経団連がまとめた大手企業の最終集計でも、賃上げ額は平均19,752円となり、現行の集計方法に変更した1976年以降で最も高い水準を更新しています。物価高や人手不足を背景に、企業の間でも「賃上げをして人材を確保する」という機運は、これまでになく強まっているように感じます。

実際、物価上昇分を差し引いた実質賃金も、2026年に入ってからはプラス基調が続いており、直近の統計では7か月連続のプラスとなりました。名目賃金の伸びに加え、物価上昇率が落ち着いてきたことが背景にあるようです。もっとも、年末にかけて物価上昇率が再び高まる可能性も指摘されており、この「プラス」がどこまで定着するかは、まだ予断を許さない状況といえそうです。

こうした状況の中でも、「頑張って賃上げをしても、税金や社会保険料でかなりの部分が引かれてしまう」「稼いでいる人ほど、たくさん税金を払うのは当然だと思うけれど、それは本当に公平なのだろうか」といった疑問を持たれる方は、少なくないのではないでしょうか。

「所得税は累進課税だから、稼いでいる人ほど税金を多く払っていて、公平だと思う」

多くの方が、なんとなくそう感じていらっしゃるのではないでしょうか。たしかに、それは公平性のひとつの側面を正しく表しています。ただ、税金の世界で言う「公平」には、実はもうひとつ別の物差しがあることは、あまり知られていないかもしれません。

今回は、所得税の「公平性」について、累進課税の話を入り口にしながら、少し違う角度からも眺めてみたいと思います。読み終わるころには、「公平」という言葉が、これまでより少し立体的に見えてくるのではないかと思います。

公平を測る、ふたつの物差し

税の世界では、公平性を考えるときに、大きく分けてふたつの考え方があるとされています。

垂直的公平

経済力(負担能力)の大きい人ほど、より大きな税負担をしてもらうのが公平だ、という考え方。所得税の累進課税は、まさにこの考え方に基づいている。

水平的公平

同じくらいの経済力を持つ人には、同じくらいの税負担を求める、という考え方。稼ぎ方や職業が違っていても、経済的な実力が同じであれば、同じだけの税金を負担してもらう。

つまり、「稼いでいる人がより多く払う(垂直的公平)」と「同じ稼ぎなら同じだけ払う(水平的公平)」は、どちらも大切な公平性でありながら、それぞれ別の課題を抱えている、ということになります。

垂直的公平の"ほころび"― 「1億円の壁」という現象

まずは、垂直的公平の方から見ていきましょう。日本の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる累進課税を採用しており、所得税と住民税をあわせると、最高税率は55%にもなります。これだけを見れば、垂直的公平はしっかり機能しているように思えます。

ところが、実際の所得税の負担率(所得に対して実際に納めている税金の割合)を、所得階層別に見ていくと、不思議な現象が起きています。所得が1億円を超えたあたりから、かえって負担率が下がっていくのです。これは「1億円の壁」と呼ばれ、財務省の統計でも確認されている現象です。

その理由は、所得の中身にあります。株式の売却益や配当といった金融所得には、所得の大きさにかかわらず一律約20%の税率が適用されます。給与や事業からの所得のように、稼げば稼ぐほど税率が上がっていく仕組みとは違うのです。そのため、所得のかなりの部分を金融所得が占めるようになる超富裕層では、むしろ税負担率が下がってしまう、という逆転現象が生まれます。

これは、垂直的公平の考え方からすると、少し居心地の悪い状態です。政府もこの問題を意識しており、令和5年度税制改正で「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」、通称「ミニマムタックス」が創設され、2025年分の所得から適用が始まりました。現行制度では、年間所得(基準所得金額)が3億3,000万円を超える人を対象に、控除後の所得に22.5%を乗じた税額が通常の所得税額を上回る場合、その差額を追加で納めることになっています。

さらに、令和8年度税制改正では、このミニマムタックスを強化する法律が2026年3月に成立しました。「1億円の壁」を是正しようという動きは、着実に一歩ずつ進んでいるといえそうです。

ミニマムタックス
改正前(〜2026年分)
改正後(2027年分〜)
特別控除額
3億3,000万円
1億6,500万円
税率
22.5%
30.0%
対象者数(見込み)
約200人
約2,000人

水平的公平の"ほころび"― 「クロヨン」という言葉をご存じですか

続いて、水平的公平の話です。こちらでよく取り上げられるのが、「クロヨン」という、少し不思議な響きの言葉です。

これは、所得の捕捉率(税務署がどれだけ正確に所得を把握できているか)が、働き方によって差があるのではないか、という指摘を表した言葉です。給与所得者は、会社が源泉徴収という形で所得を把握し、税務署にも情報が伝わるため、捕捉率がかなり高いとされます。一方で、自営業者や農業を営む方は、申告に基づいて所得が把握されるため、給与所得者に比べると捕捉率が下がりやすいのではないか、という見方が、長年にわたって指摘されてきました。

もし本当にこうした捕捉率の差があるとすれば、同じ経済力を持つ人同士でも、働き方によって実質的な税負担に差が出てしまっている、ということになります。これはまさに、水平的公平が崩れている状態です。

もっとも、この「クロヨン」という言葉自体は、統計的に厳密に検証されたものというより、長年の実務感覚から生まれた通称としての側面が強く、実際の捕捉率の差がどの程度あるのかについては、専門家の間でも議論が分かれています。近年はマイナンバー制度の普及や、法人・個人の取引データの電子化が進んだことで、以前に比べれば所得の捕捉は格段に正確になってきているとも言われています。

「公平」は、ひとつの正解があるものではない

ここまで見てきたように、所得税の公平性には、垂直的公平と水平的公平という、ふたつの異なる物差しがあり、それぞれに課題を抱えています。

大切なのは、「所得税を上げるべきか下げるべきか」という単純な議論ではなく、「今の制度は、このふたつの公平性のバランスをどう取ろうとしているのか」という視点を持つことなのではないかと思います。ミニマムタックスの導入・強化は垂直的公平を補う試みですし、マイナンバー制度の活用は水平的公平を補う試みだと捉えることができます。

税制改正のニュースに触れるときも、「これは、どちらの公平性を意識した改正なのだろうか」と考えてみると、これまでとは少し違った見え方をするかもしれません。

おわりに

「公平な税金」という言葉は、とても素朴で、誰も反対しないもののように聞こえます。けれども、その中身を丁寧に見ていくと、実はふたつの異なる物差しがあり、どちらを重視するかによって、望ましい制度の姿も変わってくるのだということが、おわかりいただけたのではないでしょうか。

所得税や資産にまつわる税金は、働き方や資産の持ち方によっても、実際の負担が変わってきます。とりわけ、株式や不動産の売却を検討されている方にとっては、ミニマムタックスの見直しが2027年分から適用されるという点は、タイミング次第で税負担が変わってくる重要なポイントです。

「自分の場合はどうなっているのだろう」という点が気になった方は、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。

宮本晃嗣税理士事務所(宮本サポート会計)|神戸市長田区


参考資料

  • 連合「2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果」(2026年7月3日公表)
  • 経団連「2026年春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果(加重平均)最終集計」(2026年8月4日公表)
  • 厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和8年7月分結果速報」(2026年9月8日公表)
  • 国税庁「税の学習コーナー」公平の原則に関する解説
  • 財務省「申告納税者の所得税負担率」統計(いわゆる「1億円の壁」に関するデータ)
  • 令和5年度税制改正・令和8年度税制改正大綱(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置=ミニマムタックスに関する各種解説)
  • 「クロヨン」問題に関する税務・財政学分野の解説記事

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断については必ず専門家にご相談ください。税制は今後の議論の進展により変更される可能性があります。